カテゴリ:旅( 28 )

ちょっとお休み

明日から、ミャンマー、行ってくるです!
帰ったら、またブログ更新するです!
[PR]
by yamato1724 | 2008-08-30 01:00 |

熊本城の桜

先日の九州旅行の写真を整理していたのだが、熊本城の桜がとても見事だったことを思い出した。熊本城見学は、これで二度目。6年ほど前の夏に、家族で出かけたことがある。

以前、奈良から京都に向かう電車に乗っていたとき、近くに、他府県から遊びに来たらしい家族が座っていた。車窓の風景にはしゃぐ小学生くらいの姉と弟、そして両親。言葉のアクセントから、九州から来たのかなと想像。京都駅が近づいてくると、東寺の五重塔が見えてくる。

そこで弟の方が、親に尋ねる。
「お父さん、あれは何?」
お父さん「あれはね、東寺の五重塔だよ。世界最大の木造の五重塔だよ。きれいだろう。」
息子「熊本城よりきれい?」

ここでお父さんのスイッチが入る。
「熊本城よりきれい?そげなことはなか!熊本城は日本一のお城じゃっ!くらべもんにはならん!」

リアルな熊本弁で再現できないのが残念である。
しかし、もれきいたこの会話から、熊本県人である彼らの熊本城への並々ならぬ愛情が感じられ、そんなに地元の人に愛されているお城を一目見てみたい、と思ったのである。

それからまもなく、熊本城を訪れる機会に恵まれたのだが、確かに、県民の誇りだけあって、
ほんとうに美しい城だと思った。ただ、あいにく本丸が改修工事中で、いたるところビニールシートだらけだったのが残念。あまりのビニールシート三昧で、何が何だかわからなくなった鹿児島からのツアー客に、「ねえさん、ねえさん、本丸は~どこですかぁ」と話しかけられたほどだ。

というわけで、今回はビニールシートもとれ、美しい熊本城を、しかも満開の桜つきで見られたのは、感激だった。友人P氏に感謝だ。

年度始まりの忙しい時期、
彼らが来なかったら、熊本城の桜を味わうことなど夢のまた夢であった。
「前世の行いが良かったからかも」と、
思わず、タイ風に考えてしまう私なのである。


c0070261_23493629.jpg

熊本城へ向かうバスの中から花見ができる

c0070261_23502438.jpg

c0070261_23505748.jpg

[PR]
by yamato1724 | 2008-04-14 23:23 |

今更ながらのミャンマー出張記

また更新をサボってしまった...
10月から遠距離通勤が再び始まりバタバタしていた、ということもあるのだが、
ミャンマー出張から帰ってきて直後の、ヤンゴンでの、あの悲惨な事件があったりして、
自分として、ミャンマー出張報告についてどうやってブログに書いたら良いのか迷っていたということもある。出張中からデモが散発的に起こっており、出張の終わり頃には、ヤンゴン市内には警官だの兵士だのが、あちこちに立っていて、せっかくシュエダゴン・パゴダの近くのホテルに泊まっていたのに、パゴダは僧侶のデモの集合場所になるとか、で、立ち入り禁止になっていた。

出張から帰国して間もなくの頃、日本人ジャーナリストが兵士に射殺され、その前後の映像が残っていたため、全世界的に今回のデモが報道され、改めてミャンマーの軍事政権について関心が集まった。日本のマスコミも盛んに取り上げたので、ミャンマーという国について、知らない若い人たちの中でも知名度(と言っていいのかどうかわからないけど)が上がったのではないかと思う。

でも、自分が10年以上ぶりに降り立ったミャンマーは、予想以上に変わっており、今年できたばかりの新しい空港では、300ドルのチャットへの強制交換もなくなっていたし、何より入国審査がすごく早くなっているのに驚いた。賃走タクシーも何台も走っているし、人々には活気があって、軍事政権下の窮屈さが濃厚に感じられる、ということはなかった。なので、デモがあったとしても、こんなに大きくなるとは思ってもみなかったのである。

今、ミャンマーは移行経済のただ中で、個人の企業家や民間企業で働くサラリーマンも増えてきている。私の中でのミャンマーのイメージ、と言えば、軍服か民族衣装の腰巻き姿、で、洋装など考えられなかったのだが、今回のヤンゴンでは、ワイシャツにスラックス、という通勤姿の男性も多く、ヤンゴンの人に聞いたところ、都市中間層みたいな人たちが増えてきているとのこと。職種は輸入業者か外資系企業のサラリーマンといったところらしい。ミャンマー人は、男女とも、スラリとしているし、太ってはいないけれど、体格の良い人が多いので、洋装をしても結構似合うのだ。

市内を走る車は、ほとんど外国から(というか日本から)の輸入ばかりだが、中古車でもバカ高い値段で、家1件買えるくらいの値段がするそうだ。ホントかどうか確かめてはいないのだが、トヨタの中古ワゴン車1台、日本円にして数千万円くらいするらしい。携帯電話もけっこう見かけたが、こちらも何百万チャット、の文字通りのステータスシンボルなのだそうだ。世界の最貧国、ミャンマーで、そんな値段で車が売買されているなんてちょっと信じられないのだが、金持ちは、かなり豊かで、日本に出張したときは、東京にホテルを借りっぱなしで、あちこち地方の取引先を回ったりする富豪ビジネスマンもいるという話を聞いた。

ヤンゴンで私たちの面倒を見てくれたTさんも、繊維会社、販売店、農場、などを経営する資産家一家の息子で、日本に留学していたこともある。弟のPさんの車で、ヤンゴン市内を案内してくれたが、TさんもPさんも携帯電話を持ち、頻繁に電話が鳴っていた。

確かに、物価の上昇はかなり深刻らしく、さらに、何の前触れもなく、燃料価格だの運賃だのの値上げに踏み切ったミャンマー政府はちょっとひどいとは思う。(モノによっては6倍の値段になったとか。) ただ、北のどこかの独裁国家みたいに、暮らしていけないほど庶民の暮らしが深刻なものになっているのかというと、そんな風にも見えなかったのである。なので、どうしてこんなことになってしまったのか、一旅行者の身には、まったく分からないのだ。

10年前と変わらないなと思ったのは、ドルでしか払えない、観光名所の入場料。しかも、ドル札が少しでも古いと、つっ返される。新札ではないといけないと言うのだ。これがけっこういらつくやりとりで、ダメなドルとOKなドルの違いがどこなのか、さっぱり分からない。バゴーでは、10ドルもの料金を要求された上、住所氏名を書かなければならず、さらに新札でよこせ、と言われたときには、さすがにキレて、入場するのをやめてしまった。モウラミャインの博物館では、2ドルの入館料を払わされ、しかも、2ドルとも新札ではないと受け取らないと言われた。このドル新札へのこだわりがよう分からない。ドルで支払いOKという国は他にも経験したけれど、札の古さ云々を問題にされるのは、ミャンマーだけである。しかも、流通するチャット紙幣は、薫製になっているんかと思うほど、古くてボロボロな札ばかりである。自国の札はボロボロなのに、なんでドルは新札やないとアカンねん。
  ところで、モウラミャインの博物館で驚いたのは、トイレの汚さ、である。2ドルとって、これかよ〜と思うくらい、汚いのだ。というか、水洗トイレなのに、水がない。でも、使用はされていて、なんというか、水洗トイレの洋式便器がそのままくみ取り式になっている、という状況なのだ・・・・。これには、図太い私も打ちのめされ、使用をあきらめた。それにしても、職員の人々も使っているだろうに、このトイレで平気なのか、とほんとうに理解できない。というか、ミャンマーで訪れた地は、全体的にトイレが悲惨なのだ。観光立国を目指すのなら、こういう問題を解決しないと、観光客は増えないと思う。

それでもミャンマーには不思議な魅力がある。この魅力はどこから来るのかというと、やはりミャンマーの人々が持つ愛らしさ、というか誠実さ、律儀さなのだと思う。社会システムとしては、ダメダメなところが目立ったりするのだが、出会った人々の、真面目さ、優しさには、心打たれることが多い。戦時中、祖父母や父母が日本兵と親しくしていた、という人も多く、それを祖父母から子供たち、子供から孫へと語り継いでいて、きっと日本の若い世代は知らないだろう、というような話をしてくれる。モウラミャインで初対面の若者に、「南機関がビルマの独立を助けたのだ」と話しかけられたのは新鮮な驚きだった。知り合いの中には、かつて日本兵の通訳をしていた、とか、日本兵に軍帽をもらった、とか、そういう思い出のある人が多いのだそうだ。その若者の家を訪問したときは、英国軍のサーベルがおいてあったけれど(笑)。

というわけで、窮屈な思いもしながら、それでも10年前との変化も体験し、相変わらず魅力的なミャンマーの人々との出会いもあり、で、総合的には良い印象を持って後にしたミャンマーだったのだが、その後数日で、どんどん政情が悪化してしまい、ため息ばかりの日々だった。
幸いにも、ヤンゴンでお世話になった方々はみな無事とのこと。ちょっと安心はしたのだが、この先、まだまだ今の体制は続きそうだし、そうなれば経済制裁も続く。確かに軍事政権のやり方は酷いと思う。ただ、日本や西側諸国が経済制裁をやっても、多分、軍事政権は困らない。援助する大国があるから。で、困るのは移行経済下で頑張っている国民なのだと思うと、複雑かつ憂鬱な気分になるのだ。


c0070261_1430220.jpg

[PR]
by yamato1724 | 2007-11-08 10:49 |

ミャンマー行きます

突然、5日間ほどミャンマーに行くことになった。
夏のタイ出張で一緒だった方に誘われたのだ。
この人は、タイ出張中、ホテルロビーでネット(言わばロビー活動w)に
ハマっていた人で
(詳しくは8月22日更新「スマートフォンの買い時」を読んでね♪)、
タイ出張時の力量を買われて(?)、ミャンマー出張の助っ人を頼まれたのだ。
ロビイスト嬢の仕事の中心は、シンガポールで、なんと今回彼女は、
半月かけて日本→シンガポール→ミャンマー→インドネシア→シンガポール→日本
をいう出張ツアーを強行するとのこと。 すごいタフだ・・・((((;゚Д゚)))!
で、そのうちのミャンマー日程だけご一緒させていただくことにした。

ミャンマーに行くのは、今回で2度目。
1回目は、1996年。
タイに住んでいる時で、ミャンマーのASEAN加盟記念かなにかで、
"Visit Myanmar Year"と旅行客招致のけっこう大きなキャンペーン真っ最中だった。
当時はまだ愚息もこの世に存在していなかったので、日本から母を呼び寄せて、
夫、母、私の3人でバンコクからのツアーに参加した。
で、ミャンマーに着いてみてびっくりしたのだが、
"Visit Myanmar Year"というからには、どんだけ外国人もてなす準備ができているのかというと、

これが、
まあ、
のっけから、


やる気あんの??


という状況で、

まず、入国するのにものすご〜く時間がかかってしまったのだ。
なぜ時間がかかるかというと、大量に外国人観光客が到着しているというのに、
入国審査の窓口はわずかして開いておらず、
しかも見るからに慣れていない、というか非能率(別の言い方をすると「ヤル気なし」)。
なかでも一番やる気のなさげな列に並んでしまった私は、いつまでも立っても動かない列に業を煮やし、しかも、ようやく次が自分の番、というときに、目の前でピシャリと窓を閉められてしまった・・。

あれやこれやでようやく入国してみると、
初めて見るミャンマーの町並みや遺跡群、はそれなりにめずらしく、美しく感じた。
ホテルはさすがにきれいで、プールもあったりして結構快適に過ごせそうだったのだが、
ヤンゴン→バガン→マンダレーと移動していくうちに、あることに気づいた。
それは、


移動に異様に時間がかかる

ということなのだ。
別に空港が遠く離れたところにあるワケではないのに。

つまり、
どういう事かというと、

例えばヤンゴン昼12時発、バガン行きの飛行機に乗るとすると、
朝5時起床
     ↓
朝6時ホテルチェックアウト
      ↓
朝6時半空港着
そのままお昼の搭乗まで待機

というように、飛行機搭乗のエライ前から空港でスタンバっていなければならない。
なので、当初は「余裕のある旅程で楽だわぁ」などと気楽に考えていたのだが、
実際は快適なホテルをエンジョイする時間もなく、
超早起きのキツイスケジュールとなってしまった。
ガイドさんの説明によると、
「飛行機の搭乗時刻なんてアテにならない。しょっちゅう変更になる。」からなのだそうだ。
しかし、出発が遅れる、というのは聞いたことがあるけれど、
数時間も早まる、なんてことがあるのか?? 
ちょっとにわかには信じられない話だったのだが、
ガイドさん曰く、急用のある政府のVIPやその家族が搭乗する場合は、
むっちゃ早まることもあるのだそうだ。
というわけで、3泊4日ミャンマーツアー、かなりの時間を空港で費やすことになったのだ。

で、実際のところ、どうだったのかというと、
フライト時刻がものすごく早くなる、ということはなかった。
ただマンダレーからヤンゴンに帰る便が、いつまでも立っても飛び立たず、
途中で、搭乗予定のVIPの親族の到着を待っているらしい、ということが分かった。
このことか・・・とそのとき思ったけど、
SPらしき男性に囲まれながら先に搭乗した美人の中年女性(たぶん政府高官の奥方か)、
夫と目があったとき、すまなそうに目礼したのだそうだ。
なので夫は「何か事情があったんだろう。しょうがないやん〜」といまだにものすごく好意的にあのときを振り返るのだ。

このミャンマーツアー、
飛行機騒動の他にもう一つ困ったことがあって、
当時、ミャンマーに入国する際は、外国人はみな強制的に300米ドルをミャンマーの通貨チャット(Kyat)に両替しなければならないという決まりがあった。それで、我々3人もそれぞれ300ドルずつ計900ドル両替したのだが、結果としてものすごい量のチャットを抱えてあるくハメになってしまった。で、実際に買い物をしようとすると、物価がむちゃくちゃ安いので、なかなかチャットがなくならない。しかも、私は途中で変なスイッチが入ってしまい、なぜかチャットをフクロウ人形の大量買いにつぎ込むことに。5個10チャットみたいな爆安値段なので、店屋のフクロウ、全棚大人買い、みたいな状況になぜか爽快感を覚えてしまったのだ。しかし、若気の至りとはいえ、なんであんなにフクロウを買ってしまったのだろう・・・。我ながらいまだに不思議である。今、あのときのフクロウの大部分は段ボールに詰め込まれて物置で静かに眠っている。
結局、大量に余ったチャットはルビーのペンダントヘッド、布、そしてガイドさんへのチップに化けた。まあ、ガイドさんに喜ばれたことは良しとしよう。

というわけで、最初のミャンマーツアーは、
一所懸命日本語で説明してくれたガイドさんにはたいへんたいへん申し訳ないのだが、
観光遺跡についての記憶はもはやおぼろで、
しんどかった記憶だけが、いまだに鮮やかに残っている。

在日ミャンマー人の友人に聞いたところ、
飛行機会社も民間の参入で増えているし、
300米ドルの強制両替制度もなくなり、
10年前に比べると、ずいぶん旅行客カインドリーなシステムになってきているとのこと。
期待がもてそうだ。

というわけで、来週、ミャンマー行ってきま〜す!

c0070261_11401431.gif

   私がハマった(?)ミャンマー・フクロウ人形   いろいろなサイズ・素材・デザインあり。集め出すと結構奥が深い民芸品である。 
[PR]
by yamato1724 | 2007-09-03 19:34 |

デリーは男性だらけ?

しつこくインドの話、第3弾。

東南アジアとインド。
比較的近い距離にあるし、
「インドシナ」という言葉があるように、
東南アジアという地域は、
歴史的にインドと中国の文化的影響を強く受けている。
でも、影響をあまり受けなかったところもあって、
その一つが多分、社会と女性の関係なのだ。

デリーを歩いていて、すご〜く気になるのは、
とにかく

「男だらけ」

ということである。

道を歩いていても、やたら男性が目につくし、
店屋に入ると、店員はまずほとんどが男性。
露天の物売りも男性。
レストランで給仕してくれるのも男性。
ついでに言うと、泊まっていたホテルの従業員も
全員男性、だった。

もちろん女性が外出禁止、などということはなくて、
郊外のショッピングモールに行くと、
家族連れや若い女性客も見かけるのだが、
「消費」側にはいても、
「販売」側では、女性が圧倒的に少ない、という印象なのだ。

どこに行っても女性が働いている、
という東南アジア社会に慣れてしまうと、
インドのこの「男性優位」な感じはものすごい違和感だ。
c0070261_104073.jpg


数回、デリー市内の高級ホテルで食事をする機会があったのだが、
その時もやはりウェイターは全員男性。
試しにホテル内の店舗をのぞいてみたのだが、本屋の店員も男性。
隣にシャネルの店があった・・・まさか・・・((((;゚Д゚)))!と思ったが、
さすがにここは女性のスタッフだった。

なんというか、
丁寧/無愛想
ヒゲあり/ヒゲなし  
イケメン/イケテないメン  
英語うまい/英語少し  
多弁/普通

というようなバリエーションはあるものの、  
とにかくどこに行っても、働いているのは男性ばかり。
(ちなみにヒゲなし男性は非常に少なかった。)

女はどこに行ってしまったんだろう。

大学生の若い女性と知り合って彼女に聞いたのだが、
インドで女性が好む職業は、
公務員か教師、あとはホワイト・カラー職
とにかく9時5時で働ける仕事でないとダメなのだそうである。
夜7時半以降に1人で町をうろうろしていると、
「いかがわしい仕事」をしているのではないかと疑われるのだそうだ。

びっくりだ。そういう事情があるのかあ。
この考えでいくと、日本でもタイでも、働いている女性のかなりの割合は、
「いかがわしい」ことになってしまう。
でも、まあ、デリーの公共交通の不便さを考えると、
若い女性が1人で通勤するというのはけっこうたいへんなことなのかと思うし、
道路網や地下鉄が発達して、もっと便利になったら、
女性の働く状況も少しは変わってくるのではないかと勝手に予想する。

それにしても、インドの男性のヒゲへのこだわりにはスゴイものがある。
「男前」の必須条件らしい。
ヒゲがないのは、映画スターだけ。
でも、南インド系の男優はヒゲありが多いそうだ。
数時間自由時間があって、ラールキラーという城壁を見に行ったのだが、
そこに常駐する物売りのおっちゃんたちの中に、
「つけヒゲ売り」がいた・・・!
日本人観光客に向かって、日本語で「ヒゲ!ツケヒゲ!」って叫んでた。
ヒゲのない日本人男性は、イケメンにはなれないのである。
[PR]
by yamato1724 | 2007-01-20 10:26 |

インド料理を本場で食す

以前、バンコクに住んでいたとき、ちょっとだけベトナム料理にハマったことがある。
ベトナム料理は、タイ料理より味があっさりめで、
しかも野菜を多くとるので、健康的というイメージがある。
自宅の近くに、安くて美味しいベトナム料理が何軒かあって、
よく夫と食べに行っていた。

その後、たまたまベトナムに旅をする機会があり、
本場のベトナム料理はさぞ旨かろう! 
と出発前は大いに期待に胸膨らませていたわけであるが、
実際に行ってみて、現実を思い知らされた。
メシが実に不味いのだ。
スタート地点のホーチミンではナントカ食べられたが、
フエ、ハノイと北上するに従って、どんどん不味くなる・・・。
特にフエでは、いかにも社会主義スタイル、という感じの
ただただ、だだっ広くて天井の高い、
様式美も何もない派手派手な壁画つきの
ホテルの大広間で、
客は私と夫の二人だけ状態で、出てきた食事は、
洗面器のような大皿に山盛りのチャーハンと
同じように山盛りの野菜炒め、それにあんかけ風のスープ。
(具材は全く記憶なし)
たしかそれだけだったと思う。
味には自信がないので、とりあえず大量に作ってみたけどなにか?
という裏事情が透けて見えるような夕食だった。
予想通り、むっちゃ不味かった。
翌日のハノイでのメニューに至っては、もうぜんぜん覚えていない。
「不幸な記憶を消し去りたい」
というフロイト的な記憶抑制が働いており、
もうカウンセラーの力なしではベトナムの食事メニューは蘇ってこないほどなのである。

で、え〜っと、インドの話だったのだが、
というわけで、
なんでこのように長々と前フリが続くのかというと、
ちょっとだけベトナムの悪夢が蘇ってくるような状況やったからである。

私はあまりインド料理というジャンルに馴染みがないのであるが、
日本での数少ないインド料理体験は決して悪いイメージではない。
でも、デリーで食べるインド料理の数々は、
とにかくあらゆるおかずがひたすらシンプルに辛い。
「酸味」「塩辛さ」と言った味をなかなか発見できない。
やたらスパイスは効いていて辛いけれども、
どうも塩分が足りない、という感じの料理が多い。

それに、味を自分で調節できないのだ。
タイだったら、高級・庶民的を問わず、レストランには必ずある
ナムプラー、ナムソム、ナムプリック、砂糖などを取りそろえた
「好きなように味付けしてね」セットがここにはない。
出された料理を我慢してそのまま食べるしかないのだ。

特に私の場合、使われているスパイスの「匂い」がどうも気になって、
食欲が湧かない。
それでもナントカ食べていたのだが、
一つだけ、料理に使われるとどうにもアカン、という「匂い」を発見。
インドに詳しいO氏に尋ねたところ、
どうもそれは「カルダモン」ではないかという。
インドではとにかく紅茶でもなんでもかんでもこの匂いが漂っているのだ。
しかも、食後の紅茶やコーヒーは無茶苦茶甘い。
こちらもテーブルに運ばれてきたときは、
すでに砂糖だのミルクだの香料だのが混ぜ混ぜされており、
好みの味に調節することはできない。


この料理はおいしかった。チキンのトマトソース和えみたいな感じ。
比較的あっさりめで、完食
↓     ↓      ↓
c0070261_23341449.jpg


でも、一番の問題は、
食事の時間が遅いことだ。
インド人の夕食時間はかなり遅く、夜の9時〜10時になることもザラ、らしい。
仕事相手の人と夕食、ということになると、
早くても8時くらいから始まり11時くらいまでかかる。
日本との時差は3時間半あるから、日本時間で考えると、
深夜の11時過ぎから午前2時くらいに夕食を食べている計算になる。
10日やそこらの滞在で、私の体内時間がインド時間になるはずもなく、
休養もないまま、連日仕事、仕事、で消化不良状況は日々ひどくなる。
そこに持ってきて、インドの普通のレストランには、酒類がまったくなく、
もちろんビールもない。
脂っこい料理を黙々と水で流し込み、最後にあま〜い紅茶でシメ。
4,5日も経つと、体内の消化吸収のリズムがおかしくなってくる。


仕事上で、イヤなことがあったわけではぜんぜんないのに、
食べ物に関しては、ホンマ修行のような出張やったと思う(笑)。

次またインドに行きたいか、と聞かれたら、是非また行ってみたいと思う。
でも、今度は、絶対、醤油に塩にカップラーメンは持って行かなくては!
と心に誓う私なのである。
[PR]
by yamato1724 | 2007-01-19 23:57 |

デリーで年越し

今頃、インド出張の話を書こうと思い立った。
なにしろ、突然降って湧いたようなインド行きである。
普通、インドに旅立つ人というのは、
それなりにインドに思いこみとか期待とかがあって、
それなりに予備知識があって、
それなりにワクワクしながらでかけるものだと思う。

でも、ワタシの場合、覚悟もないまま
急にインド行きが降ってきた、というのが現実。
今まで行ったこともないし、
特にインド料理が好きというワケでもなく、
出発前は椎名誠にインディ・ジョーンスを混ぜたような
ありきたりのイメージしか持っていなかった。
(ってどんなイメージやねん。)

で、デリーである。
驚くほど小さいデリー空港に到着。
日本を出る時から、いろいろとトラブルがあって、
デリーに着いたときは、もう深夜も深夜、周辺は深い霧に覆われている。
初日から「もうイイ・・・日本に帰りたい」という雰囲気でスタートしたインド滞在。

ゲストハウスに毛が生えたようなホテル(?)にようやくたどり着き、
睡眠数時間の後、
デリー駐在の長いOさんの案内で翌日からデリーで仕事が始まる。

旅行と出張が決定的に違うのは、
「O.K.では明日○時に、○○で」と、アポが入り、
こちらにとってそこが初めての地であっても、
指定された場所にナントカたどり着かなければならない、
ということである。

しかし、「○○マスジット」だの「××寺院」だのへ
案内することには慣れているタクシーの運転手。
いきなり、
「ジョルバグ通り○番地の○○ビル」などと言っても、
「はあ(;゜Д゜)…?! 」ということになるのだ。

デリー滞在の長いO氏とは言え、
1000万都市デリー全体を知悉しているわけではなく、
地図を片手に運転手に説明することになる。
しかし、まず100パーセントの確率で、運転手は地図の見方が分からない。
結局、少し進んでは、道行く人に場所を聞いて、を繰り返すことになる。
で、到着するまでにエライ時間がかかってしまう。
市内の渋滞がそれに拍車をかける。
というわけで、
空気の悪いデリーの街中をひたすら走り回る年末となった。

でも、運転手を責めることはできない。
「地図を読む」というのは、トレーニングを積んで始めてできること。
そもそも3次元の空間を2次元的に把握するということは、
我々だって、小学校でたたき込まれるから、なんとか理解できるだけで、
私は今でも苦手である。
日本の場合は、道路標識が至るところにあるし、道路も整備されている。
それにナビがあるから、ドライバーにとっては楽であるが、
そうでない場所で、突然、地図を見せつけられて、所番地を言われても、
運転手がとまどうのは無理もない。

というわけで、道に迷ってばかりいた我々は、
連日、のべ走行距離100キロ以上(!)走り回ることとなり、
1200万の人口抱える
デリーという都市の全体がなんとなく見えてきた。

つまるところ、
デリーには1000万都市のキャパがないのである。
せいぜいで100万都市、イヤ、ひょっとしたらそれすらないかも知れない。

私が知っている1000万規模の都市と言えば、
東京にバンコク。
バンコク自体の人口は600万程度だが、通勤圏化している周辺の県を含めると、
規模はすでに1000万都市である。
そのバンコクには、すでに80年代から首都高速があるし、
2000年には高架鉄道、数年前には地下鉄が開通。
バンコクに降りて空港から首都高に乗ると、
高層ビル群やデカイ宣伝塔が両側に拡がっている。

デリーにはそれらがないのである。
バスもタクシーも自家用車も牛も富める者も貧しい者もみな同じ道路を使うしかない。
なので、どこに行ってもひどい渋滞に遭遇する。
しかも、走っている車の様子をみる限り、
車検とか、ガソリンの無鉛化に行政が力を入れているようには思えない。
車の中にいてもマスクが必要なのだ。

今、ようやく地下鉄が一部開通し、首都高速の建設にとりかかっているみたいだけれど、
なんでここまで放置していたのだろうと不思議に思う。

都心のシンボル、高層ビルはほとんどないし、
あったとしても、一つや二つ。「高層ビル群」にはほど遠い。

O氏によると、道路やビルだけではなく、
インフラ整備がかなり遅れているらしい。
私たちが泊まったホテルは、
バスタブもなくお湯も使える量が限られ、暖房と言えば電気ストーブだけ。
ホテルとは呼べないような代物だったが、それでも料金は1日6000円くらい。
日本のビジネスホテルと変わらない。
バンコクだったら、同じ料金で、もっとずっと快適で高級なホテルに泊まれる。
でも、デリーでバンコク並みのホテルに泊まろうとすると、びっくりするほどの料金となる。
これもすべて、都市に必要なインフラが整備されていないからなのだそうだ。

デリーのドライバー達は、ひっきりなしにクラクションを鳴らす。
ちょっと異常なくらいである。
人によっては、かなり神経にさわるのではないか。
外国人の我々にして見れば、鳴らしたところで、何かが改善されるワケでもなく、
鳴らすだけムダだろう、と思ってしまうのだが、
こういうデリーの都市機能のダメダメっぷりを見てしまうと、
これって、デリーで暮らす人々の、
インフラ整備を進めない行政に対する、
精一杯の抗議なのかなとも思えてくる。

などと、思いがけなく、
デリーの都市機能について深く考える年末年始となってしまった。

でも、デリーで出会った人々は予想以上にフレンドリーで、
物腰も柔らかくて、優しい人々だった。
・・・・・機関銃のような英語をのぞけば・・・。

c0070261_13383144.jpg

[PR]
by yamato1724 | 2007-01-18 13:33 |

十津川の旅(続き)

「十津川・S字クランクの旅」の続き。

せっかく十津川まで足を伸ばしたのだから、
瀞峡を見て、海沿いの道を通って帰途につくルートを選ぶ。
瀞峡への道もやっぱり桜、桜、桜。
c0070261_1224113.jpg


瀞峡に到着。やっぱり桜。
c0070261_1232533.jpg


突如熊野詣でを思い立つ。
世界遺産にも登録されたし。
でも熊野古道は遠いので、とりあえず熊野大社本宮に行きました。
c0070261_124186.jpg


本宮は趣がある建物。
c0070261_1251473.jpg


参道脇の茶店で桜餅を買う。旨かった。
c0070261_1261037.jpg


こうなったら勢いで那智大社にも行く。こちらも満開の桜〜♪
余談だが、山の中に突如現れる(ようにしか見えない)那智大社って
カトマンズみたいだな、って思ってしまった。ネパール行ったことないのだけれど。
c0070261_127337.jpg


そして那智の滝。
c0070261_1274186.jpg


滝の上には有名なしめ縄が。
c0070261_1281450.jpg

那智の滝見物客の中には、東南アジアから来たとおぼしきイスラム教徒の人々も混じっていたのだけれど、気にはしていなかったようだ。そういえば、那智大社でも韓国や台湾からの観光客が団体で来ていたけれど、「神社」ということにこだわりはないのだろうか。台湾はともかく、韓国ってどうなんだろう。一般の人々の意識と国家を意識してのパフォーマンスには「乖離」があるのだろうか。そんなことも考えた熊野詣ででした。
[PR]
by yamato1724 | 2006-04-10 11:56 |

十津川の旅

いよいよ新年度の仕事も始まった・・・。
今年前半はけっこう仕事のスケジュールがキツイということもあり、
かなり気の重いスタートとなる・・・。

お盆休みまで持つんか・・・_| ̄|○

というか、

5月の連休まで持つかどうかも怪しい状況・・・(((((((;゚Д゚))))))) ガクガクブルブル

とりあえず、これから始まる気の重い新年度へ立ち向かうべく英気を養うために、
温泉に行くことにした。

行き先はもちろん

十津川

山深い十津川も桜満開
c0070261_15254568.jpg

c0070261_15263639.jpg

c0070261_15275290.jpg


橋の下も満開・・・!
c0070261_15283287.jpg


市街地の公園の桜で花見も良いけれど、
見る人もまばらな山中の桜三昧は、もう贅沢の極み。

「桜〜、きれいだよ〜桜〜」などと車窓から見える桜に
話しかけながら進んでいく。

吊り橋で遊んだ後、
c0070261_15373782.jpg


6時前に温泉宿到着。
温泉にゆっくりつかって、食事をして、9時過ぎには就寝。
ぐっすり眠れて仕事始めの疲れも癒えた。

十津川は泉質もいいし、静かで風光明媚。
なにより人々が礼儀正しくて優しい。
なんて言っても誇り高い十津川郷士の末裔だもの。

ただ、いかんせん、アクセスがたいへんだ。
細い山越えの道しかないため、奈良市内からでも4時間はかかる。
(S字クランクが得意な人は、もう少し早いかも。)
時間的にも体力的にも高速使って行く城崎とか、四国の温泉の方が近いくらいだ。
もう少し道路が良くなれば観光客も増えるのにと思ったりするのだが、
でも十津川郷は品良く静かなままでいて欲しい、という気持ちもある。
十津川好きとしては、微妙なところだ。

でも、十津川の好天と満開の桜に迎えられ、気分は十分上向きになってきた(笑)。
これで、ゴールデンウィークまではなんとかなりそうだ。
[PR]
by yamato1724 | 2006-04-09 15:45 |

岡山の旅

岡山に行ってきた。
プレゼンはなんとか無事終了し、翌日は後楽園見学に出かけた。

桜にはまだ時期が早いが、梅が満開。
梅見の人があふれている。

c0070261_1393298.jpg

c0070261_1395866.jpg


着物姿で集う人々、カメラと三脚をぶら下げて写真を撮る人々。
「春は間近」という気持ちが伝わってくる。

ああ・・・良い日より。まさに好日だよ。
カモちゃんもまったり泳いでいる。
c0070261_13112411.jpg


ところで、写真にはとらなかったけど、この日の後楽園。
いろんなイベントがあった。
アニメのコスプレみたいなミニスカ姿の若い女の子がお琴を弾いたり、
中国のナントカ琴のライブ、とか不思議なものもあった。
ものすごく場にそぐわない。私の頭の中は「???」だらけになる。
まあ良く言えば(言ってないか)「ポストモダン」的な感じ。

最近、行楽地に出かけると、この手の「中国ナントカショー」に出くわすことが多い。
一昔前の温泉地の「フィリピンショー」みたいな感じで、なんだか聞いただけで「田舎度」がアップする感じがする(笑)。

岡山は兵庫と隣接しているが、「関西度」が薄い。
むしろ海を隔てた香川、徳島の方が関西文化の影響を強く受けている。

昔、司馬遼太郎の『大阪侍』という短編集を読んだことがあるのだが、
その中に、岡山から仇討ちのために大阪に出てきた若い侍の話がある。
ものすごくきまじめで思い詰める性格。なぜかこの侍と大阪の同心の妹が恋仲になり、
この同心が融通の利かない若侍をもてあましつつ、妹のために彼の仇討ちを「なんぼや?」と買い上げてしまう、というような話だったと思う。

後楽園でぼんやりと中国琴のライブを見ていたら、なぜかこの話を思い出してしまった。

まあとにかくポカポカ陽気の良い日でしたよ。

個人的には我が家の庭の梅の方がきれいだと思ったけど(笑)。
[PR]
by yamato1724 | 2006-03-05 13:02 |


段々いよいよ益々不定期更新になってきましたが頑張ります


by yamato1724

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

以前の記事

2010年 05月
2009年 03月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
more...

お気に入りブログ

海のまさやんの部屋
小さなベランダ菜園
あちらこちら探検し隊!
鹿児島県最南端 みさき大国
鹿児島の御茶碗屋つきの虫...
鹿児島の御茶碗屋の陶芸ビ...
通り過ぎる風
鹿児島の"まち"を考える
サラブリの風(2005-...
鹿児島県本土最南端みさき...
まさやんの家庭菜園
我が魂の島ヨロン島 Th...
Flying Bird
サラブリの風

リンク

ライフログ


魍魎の匣 スタンダード・エディション


陰陽師


陰陽師 2


財団法人日本漢字能力検定協会公式ソフト 250万人の漢検 新とことん漢字脳47000+常用漢字辞典 四字熟語辞典


チベット大虐殺の真実


東アジア・イデオロギーを超えて

カテゴリ

日常
非日常

世界
祝!ブログの節目
鹿児島について語る
ご連絡
今日の反省
趣味
地域おこし
ウンチク
パソコン様、マック様
地震だ!
台風
携帯電話
今日の怒!
タイ
日常の疑問点
ミャンマー

最新のトラックバック

X01T 発売日
from 発売日と価格
X01T 価格
from 発売日と価格
スマートフォンの現状と私..
from 人生足別離
ペット・犬の情報
from いぬっこだいすき倶楽部
変圧器適当サイト集
from 変圧器情報館
おもしろ市場
from おもしろ市場
<EPA>安倍首相とタイ..
from 思惑の断片
ミクシィおもしろコミュニ..
from mixi ( ミクシィ ) ..

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

画像一覧